僕は高校3年の12月に初めてライブやりました。
そこでのライブという衝動に取り憑かれて、人生が180度変わったのは言うまでもない。
あなたは初ライブの時のこと、覚えてますか?
僕は鮮明に憶えてます。
ライブが決まってメンバーでドキドキしながらライブまでの日数を数えながらスタジオに通う日々。
前日のワクワクして眠れない感じ、入りの時、リハーサルの時、ライブ始まった瞬間、その時のテンション、終わった後の感情、もう20年以上前のことなのにマジのマジで昨日やったことのように憶えてます。
自分で言うとおこがましいですが、当時5人編成のバンドでライブをやったんですが、あとあとライブビデオを見返した時、一番自分がカッコつけてたし、客観的に見てもカッコよく映ってた。
通りすがりおいおいらいぞうさんや、ナルシストですか??



自分がかっこいいとか、恥ずかしくないんすか??
…って思うよねw
でも、ステージに立つ以上はナルシストぐらいがちょうどいいです。
初ライブが決まった日


高校3年の9月頃。
「BANDやろうぜ」で声がかかった別の高校のボーカルとドラム、今は化石のような存在の「暴走族」に加入していた別の高校のギター、僕と同じ高校の同級生のベーシストと組んだ5人組のバンドでした。
(今では考えられない、雑誌に住所載ってましたからね笑笑)
そこでLUNA SEAのコピバンで集まって、オリジナル曲は2曲、コピー曲を6曲、今思うとかなり長い持ち時間だったように思います。
で、東武東上線の朝霞台という駅に「スタジオアベル」というスタジオが2つありました。(今もあるかも)
そこで毎週日曜日の昼に5人で集まって練習していました。
当時はとにかく何をしていいかわからない、ライブをやること自体が雲の上の存在のようなイメージ。
でも、5人で集まってただ日曜日に誰もいない演奏会をするわけにもいかず、ライブをやってみたいという5人の勢いで、スタジオに貼ってあった「ライブ出演者募集」を見て応募。
(たしかスタジオで電話して、もうその時にブッキング決定だった記憶)
おいおい予約しちまったぞ!
でもめちゃくちゃ楽しみだぞ!!
そんな気持ちが入り混じった、なんというか学校の学園祭レベルのイベントを5人が主催で決めたくらいの気分になってました。
スタジオに通う日々。


もうね、「俺らはもうすぐライブをやるんだぜ」みたいな何の自慢にもならないナゾのイキリを発動しながらスタジオに通っていました。
- メンバーが集まるまでのスタジオでの待ち時間
- メンバーが集まってからスタジオに入って楽器をセッティングする時間
- 音を出して練習し始める時間
- 一旦休憩がてらライブでやる曲やセットリストをみんなで考える時間
- スタジオが終わってその日は解散、各々電車で帰るまでの時間
今思い返せば、今と大して変わってないんですよね。
今と同じく、当時5人で一生懸命どうやってステージを組み立てようか考えていました。
家に帰ってもワクワクしっぱなし。
時期的にも高校の進路問題が始まっており、他の同級生は大学受験に備えて戦っているタイミングだったが、正直そんなものはまったく皆無。
12月に向けて部屋にこもって、僕なりに一生懸命ライブに向けて“イロイロ”がんばっていました。
当時の僕の機材を紹介します。
機材も鮮明に覚えています。
ギターは御茶ノ水のBIG BOSSさんで買ったESPのギター


当時V系ブームがすごくて、そのギタリストの9割はESPを使っていたんですよ。
で、僕も「ただESPのギターが欲しい」っていうだけの理由で、財布事情と相談しながらこのギターを購入したのを覚えています。
足元のエフェクターはZOOM 2100というマルチエフェクター


いや〜〜、この画像めっちゃ探しましたよ!!!
今でも売ってんのか??さすがにもう無いか???…って。
そしたらこちらで売ってました笑(売り切れてましたが…)
1,2,3のスイッチで音色を切り替えられて、BANKを踏むごとに1〜3のプリセットが変えられる感じで、仕様的には今のHX stompとかとさほど変わらないです。
- 1でクリーン
- 2でメイン歪
- 3でソロ
- FUNCTION踏むとめっちゃ遅いカーブでかかるワーミー
たしかこんなセッティングでした。
今見てみると「REC」とか再生マークが付いてるから、きっとオーバーダビング機能があったのでしょう。一切使いませんでしたが・・・。
アホみたいに自宅で延々とやった練習


↑画像は今のマロクの画像ですが、まあまさにコレを想像して弾いていました。
要は・・・
家で自分が憧れのアーティストと同じステージに立ったつもりで、延々とライブのセットリストをMDという超化石なデバイスでセットリスト順にプレイリストを自作して、ずーーーっと弾いていました。笑
この時足元のスイッチングまで練習できてれば100点だったんだけど、そこは面倒くさがってやってなかったのを覚えてます。
弾きながら、
当日はどうなるんだろう・・・?
俺がライブやるなんて日が本当に来るの??
って、ものすごくワクワクしながら一生懸命いいのか悪いのかワカラナイ練習をし続けていました。
当日、渋谷のライブハウス「GIG ANTIC」へ






忘れもしません、渋谷のGIG ANTICというライブハウスです。
(悲しきかな、2009年1月31日に閉館してしまっています。)
ここまで行くまでの自宅からバスに乗って電車に乗って・・・という道のり。
これからどんなことが待っているんだろう・・・
というワクワクと緊張が隠しきれない感じで当日ハコまで向かっていました。
メンバーと渋谷駅で合流し、GIG ANTICまでの道のりを各々色んなことを感じながら歩いていったのを覚えてます。
リハのやり方もわからないままセッティング、リハーサルへ


↑画像は一昔前の「AYA SEA」の時のものですが、親切なスタッフさんに教えられながらGIG ANTICのアンプにギターとエフェクターを繋いで各々がぎこちないセッティングをして、曲リハをやりました。



書いててどうしても見てみたくなったので今度実家からVHS状態の当時のライブ映像を探してくる決意をしました
本番。あああああ始まったぞ!!っていう気持ち


本番の始まった瞬間は今もハッキリ覚えてます。
1曲目がLUNA SEAの「Dejavu」でした。
ドラムのフィルから始まって「ッジャージャ!」っていう裏拍のバッキングから始まるんだけど、ドラムが鳴った瞬間から
「やばい始まった…!」
「もうやるしかない…!」
「前見れない!」
「とりあえず部屋でやってたまんまやろう!」
・・・本当にこんな気持でした。笑
で、ギターバッキングのタイミングで、部屋ではもちろんのこと、スタジオでも今まで味わったことのない明るすぎる照明が一気にパッと点いて、本番は始まってしまいました。
正直観客を見れたのは、本番始まってから終わるまでほとんどなかったと記憶しています。笑
本番終了、何この衝動
最初の1曲目が始まってから終わるまで、ただただあっという間過ぎた。
今まで感じたことのないアドレナリンというかドーパミンというか、まさに初期衝動。
「こんな現実が存在するの??」
っていう、夢を体感した気持ちってたぶんこういう時の感じなんでしょうね。笑
そこから僕は「一般の人が通るであろう人生の道のり」を大きく踏み外すことになります。
僕の実体験で伝えたいこと①:部屋でやってたことが正解だった
実際に後々当時のライブビデオをみんなで観るわけだけど、自分で言うとアレだけど冒頭で言ったように僕は明らかにステージングできていました。
マジで、明らかに僕だけが動きが良かったんですよ。
申し訳ないけど、他の4人はほぼ突っ立ち状態。
箇所箇所で、頭がピコピコ動いている程度。
これね、なんで僕だけそうなったか?自分なりにちゃんとした根拠があるんです。
そう、家で散々っぱらやってた、弾きたい曲だけずーーーーっと流してコピーを弾きまくってた、あのオ◯ニーのような時間です。
あれの効果が、本番にもろ直撃しました。
だって、家で散々ギターヒーロー気取りで弾きまくってたんですもん。
夏場なんか一人で汗かいたりするくらい。。
初ライブだから、緊張して客席なんて見れないんです。
逆に、だからこそ部屋でやってたあの瞬間と同じことができたんでしょう。
ライブが始まる前に、一度でも客席を見てしまっていたら、きっともうちょっと萎縮して大した動きができなかったかもしれない。
そして、見に来てくれた人たちからの評判は最高でした。
初ライブで、動員もほぼ満員。
あんな体験をした帰り道、熱なんて冷めるわけが無いです。
そんな体験をしてしまったもんだからこれを機に、バンド活動を本格的に始めたいなと思い始めるわけです。
しかし、初ライブをやったメンバーは、結局そのライブで別れました。
理由としては、単純にあまり仲が良くなかったんです。笑
結構僕が嫌われ者でした。笑
これもまた、自分で言うとおこがましいですが、テクニックは一番良かったんです。
当時も今も、「◯◯が弾けたらすごい」みたいな基準ってあるワケ。
それが一番僕がクリアできてた感じ。
しかしテクニックがよかろうと、周りが見えてない「オレオレ」な主張ばっかりなギタリストだった感じで、そりゃ嫌われるよなって感じです。
まあしかし、仲が悪かろうが、音楽をやるうえでは関係ない!…という意見が本来正しいけど、いかんせん高校生です。クソガキです。
音楽をやるというよりは、ライブとか、自分の曲だとか、全員が個人的にやりたいことをバンドに求めるだけのバンドでしかなかったので、そういう理想論は右から左に流れていったのです。
LUNA SEAだって、最初は悲惨だったらしいですよ。
真矢さんがインタビューで言ってました。
「もう、みんなの自己主張がすごくて。でもなんかカッコよくってさ。」
これですよね。
これがすごく大事だし、ガキの頃なんてそれでいいと思ってますし。
ちなみにその真矢さんのインタビューはこちら。(14:56~)
僕の実体験で伝えたいこと②:ライブという目標が大事
冒頭で言ったように、同級生のベーシスト以外は、『BANDやろうぜ』という雑誌で集めました。
で、メンバー同士あんまり良い印象も無いままライブという目標だけ共有して突っ走れたのは間違いないです。
高校でも仲が良く、音楽以外でも一緒にずっとつるんでた同級生のベーシストには、「一緒に音楽でやっていこう」と声をかけました。
彼も同じ衝動だったようで「やろう!」という返答。
・・・しかし、音楽でやっていく!という覚悟も中途半端なままお互いに動いていたので、結構散々なことになりました。
たぶん初ライブでの感動値が違ったんだと思います。
僕はわりと夢見がちタイプ。
相方のベーシストは、結構現実主義。
気持ちだけじゃどうにもならないだろ!っていうのが相方の考え方で、いつまで「音楽だけで本気で」やっていくんだ?というのをしっかり考えられていた人。
僕は「とにかくおれは音楽がやりたい!自分がステージに立って、あの感動を何度でも味わいたいんだ!!」
っていう、気持ちだけが先行しまくっていた人。
もちろん結果的に言えば、僕はこうしてギタリストでいられるのも、当時の「気持ち」に素直に生き続けていたからです。
しかし、当時の僕からすれば頼れるのは相方くらいなもんで、何をどうしていいのかもわからず、ひたすらもがいていた時期もありましたね~。
ロクに活動もしていないのに、見た目だけはいっちょ前にロックバンドな奴。
生活なんてひどいもんで、髪が真っ赤でバイトが見つからない。
朝起きて最寄りのコンビニ行って、求人雑誌を買って、家でカップ麺すすりながらそれを読んで、ギター弾いて、思いついたら曲を作って、それをカセットタイプのMTRにダビングして、それを聞きながら勝手に自己満足して・・・。
親からしたら、「あ、こいつ終わったな」って感じでしょう。
でも、とにかく忘れられなかったんですよね。最初のライブの感動が。
それをただただ味わいたいだけでブレずに走り続けることができたんだと思います。
だから!
だからこそ、です!
あなたにも、初めてのライブっていうのは本当に成功してもらいたいです。最初って肝心ですもんね。
最初がヒドイと、結構トラウマになって二度目も億劫になったりしますから。


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